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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)270号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。

1 取消事由(一)について

原告は、第一引用例記載の農業車輛等の駆動装置において、デフギヤー室、軸支部及びギヤー室は順次連通形成した構成とはなつていない旨主張するので、この点について検討する。

成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例記載の第1図及び第2図(別紙図面(二)参照)は、いずれも同引用例記載の考案の実施例を示す断面図であつて、右各図において、デフキヤリヤ3の内向きフランジの内端とドライブピニオン2の歯との間には隙間が存在するものとして表示されていることが認められるが、右フランジはデフキヤリヤ3と一体となつていて回転しない部分であるから、回転するドライブピニオン2の歯との間に隙間が存在することは、部材構成の点からいつても当然のことと理解することができる。そして、同号証によれば、右第1図には、ころ軸受の内輪の外端の直径がドライブピニオン2の歯の直径より大きくないものが示されていることが認められる。

ところで、歯車伝動装置の潤滑を、右装置にオイルを充填して行うことは油浴潤滑と称して、各種の機械技術の分野において採用されている常套手段であることは、当裁判所に顕著な事実であり、また、前掲甲第三号証及び成立に争いのない乙第四ないし第六号証によれば、ころ軸受がその内輪と外輪との間にオイルを通過させる作用を有するものであることは、本件出願前よく知られた事項であり、第一引用例記載の駆動装置におけるころ軸受は、右作用を有する従来周知のものと変りがないものであることが認められる。

以上認定した、第一引用例記載の第1図及び第2図に示されている構成態様、歯車伝動装置において油浴潤滑は常套手段であること、ならびにころ軸受についての周知事項などを総合すると、第一引用例記載の駆動装置において、デフキヤリヤ3の内向きフランジの内端と、ころ軸受の内輪の外端との間には、オイルを通過させることができる程度の隙間が存在して、オイルは、デフギヤー室から軸支部を経てギヤー室に導入されるものであつて、デフギヤー室、軸支部及びギヤー室は順次連通形成した構成であると認めるのが相当である。

原告は、第一引用例記載の第1図及び第2図は不正確なものであるから、右図面を根拠として右のような構成を認定することはできない旨主張するが、右各図が不正確なものであるとは認め難いし、前記認定は右図面の記載にのみ依拠しているものではないから、右主張は理由がない。次に、原告は、第一引用例記載の第1図において、ドライブピニオン2を取付けている駆動軸の左側二個のころ軸受のうちデフギヤー室に面するころ軸受の外周部を包むように「包み部」が設けられ、右包み部でころ軸受の隙間をその分だけ閉鎖し、オイルの流れを阻害しているのであつて、第一引用例記載の駆動装置は、デフギヤー室のオイルをころ軸受を介してギヤー室に注油できるような構成とはなつていない旨主張する。確かに、右第1図において、デフキヤリヤ3の内向きフランジ(原告の主張する「包み部」はこのフランジの部分を指すものと認められる。)によつて、デフキヤリヤ3の開口部は部分的に狭くなつているけれども、前記説示のとおり、デフキヤリヤ3の内向きフランジの内端とドライブピニオン2の歯との間には隙間が存在し、また、ころ軸受の内輪の外端の直径はドライブピニオン2の歯の直径より大きくないから、オイルの流れを阻害しているとは認め難いのであつて、原告の右主張も理由がない。更に、原告は、第一引用例記載の駆動装置において、デフキヤリヤ3の内向きフランジの内端と、ころ軸受の内輪の外端との間には、オイルを通過させる程度の隙間が存在するというのであれば、駆動軸の右側の軸受についても右と同様の構成となるはずであり、そうすると、右側の軸受からギヤー室のオイルが流れ出て、ギヤー室内にオイルを貯留できないことになつてしまうから、結局、第一引用例記載の駆動装置における軸受は、いずれもオイルが通過しない構成のものであるとみるのが相当である旨主張する。しかしながら、第一引用例記載の第1図において、ミツシヨンケース4の右側部分は破断された状態が示されていて、その構造の詳細は不明であるが、オイルがミツシヨンケース4の右方へ流れ出ないように、シール構造を採用して、オイルをギヤー室内に貯留できるようにすることは、当業者にとつて技術的に自明のことというべきであるから、駆動軸の左側二個のころ軸受のうちデフギヤー室に面するころ軸受の内輪の外端とデフキヤリヤ3の内向きフランジの内端との間にオイルを通過させうる程度の隙間が存在するのであれば、駆動軸右側の軸受についても右と同様の構成となり、その軸受からギヤー室のオイルが流出するとみるべき必然性はなく、したがつて、第一引用例記載の駆動装置における軸受はすべてオイルを通過しない構成のものであるとみるのが相当であるとする原告の右主張は根拠がないものというべきである。

以上のとおりであつて、第一引用例記載の駆動装置の構成についての審決の認定に誤りはなく、原告の主張する取消事由(一)は理由がないものというべきである。

2 取消事由(二)について

成立に争いのない甲第二号証の五の一・二によれば、本願考案は、前記考案の要旨記載のとおりの構成を採用したことにより、「エンジンの直下附近に位置するギヤー室(8a)へ潤滑油を注油するのに、左右に長く形成してあるアクスルハウジング(17)の外側部からこのアクスルハウジング(17)内に注油すれば良いものであつて、エンジンに邪魔されることなくデフギヤー室(7)と軸支部(6a)を介してギヤー室(8a)((6a)とあるのは誤記と認める。)へ容易に注油することができることになつたのであり、従来の装置のように、エンジンの下方へ体をのぞかせるようにしてこのギヤー室に直接に給油しなければならない不便をこの考案によつて良く解消できたのである。」(昭和五七年一二月一六日付手続補正書第四頁第八ないし第一九行)ことが認められる。

ところで、前記認定のとおり、第一引用例記載の駆動装置において、デフギヤー室、軸支部及びギヤー室は順次連通形成した構成を有していて、デフギヤー内のオイルは、軸支部のころ軸受を通てギヤー室内に導入されるものであるから、ギヤー室に直接オイルを注入する必要はないものである。そして、車輪軸を内装軸支して左右に長く形成されているアクスルハウジングをデフギヤー室に連通形成することが慣用技術であることは当事者間に争いがなく、右慣用技術は、車輛の下に潜り込まずに、車輛の外側に立つてアクスルハウジングに注油すれば、オイルはデフギヤー室に流れ込む作用効果を奏するものであることは明らかである。

そうすると、第一引用例記載のものに右慣用技術を組合せて本願考案に想到することは、当業者においてきわめて容易になしうることであり、ギヤー室へ注油するために、車輛の下に潜り込んでギヤー室に直接注油することなく、車輛の外側に立つてアクスルハウジングに注油すれば足りるという本願考案の奏する前記認定の作用効果も第一引用例記載のものと右慣用技術の有する各作用効果の総和を越えるものではなく、何ら顕著なものであるということはできない。

原告は、請求の原因四、2掲記の理由により、甲第五号証公報及び甲第六号証公報記載のものには、本願考案における「トラクタの外側に立つてアクスルハウジングに注油することにより、エンジン下方のギヤー室にデフギヤー室からオイルを流入させる。」という技術的思想はないから、第一引用例記載のものに右各公報記載のものを組合せて本願考案に想到することは容易になしうることではない旨主張する。しかしながら、審決が右各公報を挙示したのは、車輪軸を内装軸支して左右に長く形成されているアクスルハウジングをデフギヤー室に連通形成することが慣用技術であることを示すためにすぎないのであつて、右各公報に前記のような技術的思想が開示ないし示唆されているとしているわけではないのである(したがつて、甲第五号証公報記載の第1図が道路車両用駆動装置の正面図であるか、平面図であるかは、右慣用技術の存否自体には何ら関係のないものである。)。そして、前記のとおり、右慣用技術は、車輛の下に潜り込まずに車輛の外側に立つてアクスルハウジングに注油すれば、オイルはデフギヤー室に流れ込むという作用効果を有し、第一引用例記載の駆動装置においては、オイルは、デフギヤー室から軸支部を経てギヤー室に移動し、ギヤー機構に注油されるものであるから、右各公報に「トラクタの外側に立つてアクスルハウジングに注油することにより、エンジン下方のギヤー室にデフギヤー室からオイルを流入させる。」という技術的思想が開示ないし示唆されていないからといつて、第一引用例記載のものに右慣用技術を組合せて本願考案に想到するについて何らこれを妨ぐべき事由は存しないものというべく、原告の右主張は理由がない。

以上のとおりであつて、第一引用例記載のものに前記慣用技術を組合せて本願考案に想到することはきわめて容易であるとした審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由(二)も理由がないものというべきである。

三 よつて、審決の違法を理由としてその取消しを求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願考案の要旨は左のとおりである。

前輪軸(15)、(16)を内装軸支して左右に長く形成されているアクスルハウジング(17)をデフギヤー室(7)に連通形成し、デフギヤ機構を駆動するための前輪駆動軸(3)を軸支した軸支部(6a)を、デフギヤー室(7)に連通形成し、この軸支部(6a)をその軸受(8b)へ軸承してアクスルハウジング(17)を揺動可能に支架しているフレーム(8)には、前輪駆動軸(3)と前輪駆動入力軸(12)とを連動しているギヤー機構(18)を内装するためのギヤー室(8a)を設け、このギヤー室(8a)を上記軸支部(6a)に連通形成してなるトラクタの前輪駆動部のセンターピボツト潤滑装置。

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